いちばんシンプルな定義

オープンエンドなおもちゃとは、ひとつ以上の使い方ができ、「正解」のないおもちゃのことです。木の積み木はオープンエンドです。答えがひとつしかないパズルはそうではありません。どちらが悪いということではありませんが、担う役割はまったく違います。

部屋の中ではどう見えるか

無地のフェルトマットと、ひとつかみの木のかたちを前にした子どもを、20分ほど見守ってみてください。マットは海になり、山になり、ベッドになります。ひとつのかたちが舟になり、人になり、パンになります。ものは何ひとつ変わっていません。変わったのは物語です。

次に、同じ子どもが機能がひとつしかないおもちゃで遊ぶ様子を見てみてください。遊びはたいてい活発で、そして短いものです。機能を使い尽くすと、興味も尽きてしまいます。

なぜ大切なのか

オープンエンドな遊び(決まった遊び方のない自由な遊び)では、アイデアを出すのは子ども自身です。つまり、頭の中に計画を保ち、うまくいかなくなったら変更し、一緒に遊んでいる誰かと話し合うということです。これらは決して小さな力ではありません。そして棚の上の何ものも特定の遊びを押しつけてこないときにこそ、いちばん自由に育まれます。

よくあるもどかしさも、これで説明がつきます。凝ったプレゼントはおやつの時間にはもう放り出されているのに、それが入っていた箱は一週間後もまだ使われている。箱はオープンエンドだったのです。

棚の上で見分けるには

  • 使い方を3つ挙げられますか?挙げられなければ、おそらく遊び方が決まっているおもちゃです。
  • 表情が固定された顔がついていますか?表情のない顔なら気分を子どもが決められますが、印刷された笑顔は子どもの代わりにそれを決めてしまいます。
  • 電池が必要ですか?それだけで不適格というわけではありませんが、おもちゃのほうが演じ手になってしまう強いサインです。
  • まったく別の遊びでも使えそうですか?いちばん良いおもちゃは、いくつもの世界を行き来します。

それぞれの教育法が一致する点

シュタイナー(ヴァルドルフ)、モンテッソーリ、レッジョ・エミリアの現場は、多くの点で異なりますが、これは三者がおおむね一致する数少ない点のひとつです。どれも、考えることを子どもに委ねる、自然で、完成されすぎていない素材を大切にしています。レッジョでは、整えられた環境を子どもの「第三の教師」と呼び、そこに置かれたものもその教えの一部だと考えます。

何かを買う必要はありません

布、石、松ぼっくり、木の端材、段ボール箱は、どれもオープンエンドで、しかも無料です。手づくりの品を加える価値があるのは、それが必要だからではなく、手に持って心地よく、長持ちするからです。つまり子どもは、4歳でも6歳でも8歳でも同じものに再び出会い、そのたびに新しい使い方を見つけるのです。